『江戸しぐさの正体 教育をむしばむ偽りの伝統』原田実(講談社)読了

もう何年前だったか。俺が最初に聞いた江戸しぐさは「傘かしげ」だった。まったく疑うこともなく、へえ、江戸時代にはそういう心遣いがあったのかと感心した記憶がある。

それからしばらくして、江戸しぐさというものが胡乱極まりないことを知り、おおいに恥じ入った。

が、こういったことはおそらく他にもあるんだろう。自分にとってそこまで重要ではない、が、ちょっと興味を惹かれ、また、なるほどと感じるような、そして、自分にとって心地よい(都合がよい)事実をいとも簡単に受け入れてしまうのは、俺に限ったことではないだろうと思う。

ここ数年、江戸しぐさが教育現場でも取り上げられるようになったと聞き、自らの失態もあっておおいに危惧していたところで、江戸しぐさを真っ向否定する本書が上梓された。

これは読まない手はないと、このたび読了したわけだが、想像以上に実りが大きかった。

まず、一般に流布しているもの以外の江戸しぐさにはとんでもないものも相当数あるということを知った。本書のセクション名で挙げてみる。

  • 身分社会で平等主義?
  • 江戸に嫌煙権はありえたか?
  • トマトの食用は近代以降
  • 真夏の江戸で氷は手に入ったか?

推して知るべし。

次に江戸っ子狩りのトンデモ具合。江戸しぐさが文献に残っていないことについての説明だが、よくもまあこれで通じると思ったものだ。

そしてここからが『江戸しぐさの***正体***』というタイトルの真骨頂だったんだが、本書が紐解いた歴史によれば、もともと江戸しぐさとは、芝三光という人物が、本人の倫理観や欧米のマナーをもとに、理想の「江戸」に仮託して語った「思想」だったと。だから芝本人としては、一つ一つのしぐさがマニュアル化されることを嫌ってたし、それが書籍化(文献化)されることも嫌がってた。

ところがその弟子の越川、桐山という人物らが(特に芝の死後)それらをマニュアル化し、たまたま時代の要請に応えるものであったため、ここまで大きくなったんだと。

これは今までまったく知らなかった江戸しぐさの歴史で、かつ大きくうなずけるものだった。

また、江戸しぐさのUFOや偽史(『東日流外三郡誌』等)や、教育現場に蔓延する(した・しかけた)EM菌や水からの伝言との類似性という指摘もさもありなんという感じ。

そして、結論としてあった江戸しぐさの教育現場から追放すべきという話は、本書を読んだまともな人間なら同意しないことはないだろう(と思いたい)。

トンデモがトンデモとして正しく扱われますように……。

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