『靖国問題』高橋哲哉(筑摩書房)読了

明治以降、靖国神社の果たしてきた役割、そして、戦後靖国神社がたどった道筋を整理している部分については大変判りやすい。

なかでも雑誌「主婦の友」に掲載された「母一人子一人の愛児を御国に捧げた誉れの母の感涙座談会」の引用は、靖国神社がいかなる「装置」であって、そのいびつさがどのようなものであったかをあぶり出す非常に興味深いものだった。

そのように事実関係の整理部分については、頷きながら読めていたんだが、終盤になって「靖国神社をどうすべきか」という問題についての筆者の考えに至ると、とたんに首をかしげざるをえないようなラディカルさに直面することになった。

「どのような性格のものであれ、公立の追悼施設自体が顕彰施設となりうる危険性をはらんでいる」。これは判る。

が「であるから、そういう施設を建設しても、問題のない形をとるためには日本が戦争責任を認識し、非戦・平和主義を完全非武装によって担保しなければならない」というのは、論理的には(いちおう)破綻はしていないものの、あまりにも現実と乖離していて、ビックリしてしまう。

現在の社会状況でとても可能とは思えないことが唯一の答えであるならば、靖国問題(日本の戦争責任問題という広い意味でとってもいい)を解決を考える気が本当にあるんだろうかと疑いたくなってしまうような一足飛びな結論だった。

ただ、最初に書いたように事実関係の整理についてはとてもよくまとまっていると思うので、そういう意味ではおすすめできる。

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